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【人生のタスク】アドラー心理学

 

こんにちは~、ゆうきです。

 

今回はアドラー心理学の中でも大切な、生きていく上で避けては通れない課題<人生のタスク>について書きたいと思います!

 

 アドラー心理学とは?詳しくはこちらを読んでみてください。

www.kokoronikiku.com

 

 

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自立と調和

人が、なぜ他者を「敵」とみなし、「仲間」だと思えないのか。

 

アドラー心理学では、その原因が「人生のタスク」から逃げているせいだから、とされています。

 

この個人心理学では、人間の行動面と心理面の在り方について、かなりはっきりとした目標を掲げています。

 

<行動面の目標>

・自立すること

・社会と調和して暮らせること

 

<心理面の目標>

心理面の目標は、上の行動を支えるための心の在り方

・「わたしには能力がある」という意識

・「人々は私の仲間である」という意識

 

以上が、アドラー氏が掲げた具体的な目標ですが、

個として自立しながら、人々や社会と調和して生きていくことを目標としていますよね。

 

そしてそれらの目標は、人生のタスクと向き合うことで達成できます

 

 

生きる上で避けることのできない課題

 アドラー氏の提唱する「人生の課題(タスク)」。

 

私たちは、生まれた直後から親子関係が始まり、守られながら育ちます。

やがて大人になり、親から離れ「自立」していきます。

親はいつまでも生きていられるわけではなく、いずれ必ず「自立」しないといけない時がきます。

 

精神的に自立することはもちろん、社会的な意味でも自立しないといけない時がきます。

 

また、成長過程で幼稚園、小学校、中学校、高校…と。様々な交友関係を持ちます。

社会に出ても、会社の人間関係、趣味の集まりなど、交友関係は続きます。

結婚すれば夫婦、子供が出来れば、今度は自分が親になる。

 

私たちは、常に誰かと関わって生きている。

 

これらの避けては通れない交友関係が「人生のタスク」です。

そしてそれは3つに分けられます。

 

1、仕事のタスク

2、交友のタスク

3、愛のタスク

 

一人の個人が、社会で生きていこうとした時に直面せざるを得ない対人関係のことをまとめて、人生のタスクと呼んでいます。

 

 

1、仕事のタスク

 

これは、簡単にまとめると「仕事にまつわる対人関係」のことを指します。

どんな仕事も、一人で完結出来るものはないと思います。

会社員はもちろん、個人事業でも、フリーランスでも。

 

その、仕事の中限定で関わるのが仕事の対人関係で、3つのタスクの中では一番ハードルが低いとされています。

 

<仕事のタスクの特徴>

・成果、結果という共通の目的に向かっているので、少しくらい気が合わなくても共に働けるし、協力しないといけない部分=強制力がある。

 

・その仕事・職場限定の交友関係なので、就業時間が終わったり転職すれば その関係は解消され、他人に戻る。

 

・深く付き合う必要がない

 

ちなみに、最近増えている引きこもりの人たちやニートと呼ばれる人たちは、この段階のタスクでつまづいてしまった人たちなのだそう。

彼らは働きたくないから働かないのではなく、

もっと細かく見ていくと、仕事にまつわる対人関係を避けたいと思っているから働きたくないと言うのです。

 

面接で落ちた

ひどい言葉を言われた

会社で自分の能力を活かせず、辞めた

 

 など、「自分を認めてもらえなかった」という苦い思い、自尊心を傷つけられるようなことを体験し「もうこれ以上傷つきたくない!」と苦しみ、タスクを避けるようになってしまったのが、引きこもりやニートと呼ばれる人たちです。

 

 

2、交友のタスク

 

仕事のタスクが、共通の目標をもって集まっている関係に対し、この交友関係はもっと広い意味での交友関係です。

 

仕事の人間関係とは違い規則や強制力がないため、自由さがあると同時に、

自分から踏み出したり、深めていくことが難しい関係と言われています。

 

条件があれば、表面的な関係は簡単に築けますが、そこから一歩踏み込んだ関係(オフでよく会う友人のような)になるのは、案外難しいです。

 

さらにそこから、「親友」と呼ばれる関係を持つのは、もっと難しくなります。

 

◆友達は多い方が良い?

小学校に入る時、「友達100人出来るかな」という歌を良く聞いていましたが、

友達が多い方が良い、と思っている人は少なからずいると思います。

 

一人でいるより、沢山の友達に囲まれている方が楽しいかもしれないし、寂しさを紛らわすことも出来ます。

 

でも、それは果たして「良い」ことなのでしょうか?

 

アドラー氏の書籍では、数には何の価値もないと書かれています。

 

“友達や知り合いが多いことには何の価値もありません。これは愛のタスクともつながりますが、考えるべきは関係の距離と深さなのです”

(嫌われる勇気より一部抜粋)

 

私個人としても、友人は少なくても良いと感じます。

本当にお互いを理解し、いざと言う時お互いに助けになれる親友が一人でもいれば、それで良いな、と。

 

もともと私は友達は少数だったうえ、学生時代はほとんど友達と呼べる人はいませんでした。

なので正直に言いますと、友達を欲しかったし、「友人の多い陽キャ」に対して拗ね的な感じで「友達は数じゃないし、狭く深くがいいんだ!」と頑なになっていましたけどね(笑)

 

でも今の時代、友達を作ろうとすれば簡単に作れます。

 

私が学生の頃はmixiやGREEなどのSNS

今だとインスタやTwitter、Facebook、オンラインゲームなど、ネットを駆使すれば友達なんていくらでも出来ます。

 

交友のタスクの側面から見ると現実ではぼっちだったので、20代のころはオンラインゲームとSNSで知り合った友達の方が多かったですww

 

 そして今日現在、当時の友人はほとんど残っていません。

オンゲーで友人になった人も、そのゲームをやめてからはご縁は切れてしまいましたし、SNSで友人になった人は名前すら憶えてません…。

 

個人的に数が多ければよいという考えは、友人になったその人に興味を持つのではなく、自分が友達になった人数のほうにこそ感心があるなぁと感じました。

 

「友達が多い自分」に優越感を感じ、そうではない人を見下しているため(ほとんど無自覚に)結果、繋がった人との距離や深さという「深い部分」には関心を示していないな、と思います。

(そういう人と関わってみてそう感じました)

 

多いから良い、少ないからダメ、ではなくて、

距離と深さを大切にしていくほうが、一生付き合える交友関係を築けるのだと思います。

 

 

3、愛のタスク

 

最後の交友関係である「愛のタスク」。

これには二つの段階があります。

 

一つは恋愛関係

もう一つは家族関係。特に親子。

 

3つのタスクのうち、もっとも難しいタスクと言われます。

 

恋愛関係も、親子関係も、かなり距離が近い関係です。

つまり、それだけ関係が深い、ということになります。

 

 

恋愛関係で例えますと…

相手が異性と電話しているだけで嫉妬したり、

異性の友達と遊んでいるのを許せなかったり

 

 

親子関係ですと…

子供が言うことを聞かないでゲームばかりしていてイライラする

あなたにはこの高校が良いと、自分の希望した高校に行かせる

 

というように、容易に相手のことに足を踏み入れることが出来るほど、深い関係になるのが愛のタスクです。

 

 

愛のタスクの難しさ

 

誰でも、浮気は嫌ですよね。

されたら悲しいし、自分以外の異性と会っていると思うと不安でいっぱいになります。

人によっては探りを入れる人もいると思います。

良い悪いではなく、それくらい、されると辛いんです。

 

ですが、アドラー心理学的に見ると、その状態は「不信感に基づく行為」として否定しています。

 

一緒にいて息が詰まるような関係は、果たして健全と言えるのか?

 

お互い自由を感じながら、「この人といるととても自由に振舞える・安心する・楽しい」と思えた時、愛を実感することができます。

 

逆に「束縛」は、相手を支配しようとする心の現れで、不信感に基づいた考えであると。

 

大切なのは「お互いを対等の人格として扱うこと」。

 

だと言います。

 

 

◆親子関係の難しさ

 

個人的に、恋愛関係よりも難しいのが親子関係じゃないかなと感じます。

 

夫婦関係や恋愛関係は、「別れる」ことを選択するとその関係を解消することが出来ます。

 

でも、親子関係ではそれが出来ません。

届け出を出せば書類上では関係が解消されるかもしれませんが、根本的に他人に戻ることは不可能です。

 

アドラー氏は、この関係をこう例えています。

 

“恋愛が、赤い糸で結ばれた関係だとするならば、親子は頑強な鎖で繋がれた関係です。しかも自分の手には、小さなハサミしかない”

 

(書籍・嫌われる勇気より一部抜粋)

 

 

逃げてはならない

 

全てのタスクに言えることなのですが、特に愛のタスクの親子関係では、逃げ場はほとんどないと言っていいと思います。

 

例え、今逃げていても、必ず何らかの形で向き合う時が来る。

 

どんなに苦しくて困難な関係であっても、

向き合うことを先延ばしにしていては状況は変わらない。

 

例え、結果的に「別れる」「縁を切る」という結果になるとしても、お互い向かい合うことが必要です。

 

 

…と、厳しいことを書きましたが、書籍ではもっと厳しいことが書かれています(笑)

 

 

私個人としては、親子関係というのは

 

距離が開く時があって当たり前

 

だと思っていますので、例えば今何か親との関係について悩んでいることがあったり、

関わりたくないと強く思っているのなら、

 

無理に向き合おうとしなくていい

 

と思います。

 

精神的・社会的自立をするためには、親と離れる必要があります。

これは絶対必要だと思います。生まれてから、親が死ぬまで一緒にいて、自立している人を見たことがありません。

長期的じゃなく短い期間でも、特に精神的に自立するには少なからず距離を置く必要はあります。

 

反抗期があるのも、自立のためですし。

 

今、親との関係で悩んでいる場合、離れたいと思っている場合(一人暮らしをしたい、別々に住みたい等)は、素直に心に従って距離を開けて下さい

 

そうすることで、今まで見えてなかったことが見えてきますし、

距離が開くことで、逆に縮まるものもあります。

 

 

◆恋愛関係について

 

次は恋愛関係についてですが…

 

私にはある思い込みがあって、

 

距離を開けたら別れないといけない

一緒にいるからこそ理解しあえる

 

という、謎の強迫観念(という束縛(笑))がありました。

 

不信感満載ですねw

 

近づこう、理解しよう、と頑張って

相手の不可侵領域に干渉しまくってしまった、というオチです。

 

 

恋人同士でも、

 

一時的に距離が開く方がいい

 

と感じました。

 

同棲しないといけない

食事を作らないといけない

洗濯をしないといけない

毎日連絡しなければいけない

 

“じゃないと捨てられる”

 

という不安と、不信感(自覚はないけど)の中で一緒にいても、息苦しいです。

アドラー氏の言う通りです(苦笑)

 

同棲しなきゃ彼女の役割を果たせない…

彼氏の全部を受け入れないといけない

許さないといけない

 

もう、「義務」ばっかりでした。

 

ある日、頭にくる出来事があった時にプッツンし、勢いで距離を取りました。

相手は怒ったり嫌味を言ったりしますが無視。

同じ土俵に乗らない。

 

連絡もしない、話もしない。

 

その時やりたいことをやる。

自分の気持ちを丁寧に扱う。

 

そうやって過ごしていたら、状況は落ち着き、何故か良い方向へ収まりました。

 

何かあって、どうにもできない時は、一時的に距離を取ることは良い案だと思います。

お互いに自分の軸に戻る『自分の時間』が少なからず必要なのは言うまでもありません。

 

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https://www.pakutaso.com/

 

アドラー心理学は、自分自身が変わる心理学

 

アドラー心理学は、徹底的に「自分」に焦点を当てます。

相手がどうなのか、よりも、全ての目的・原因・結果が自分にあるという視点です。

 

 

相手に変わることを期待するのではなく、まずは自分が変わる… 

 

 

そして、今この瞬間から、変わることが出来ます。

 

「人生のタスク」から逃げるための「人生の嘘」をなくしていく…。

そして勇気を取り戻すための、心理学です。

 

 

人生の嘘

 

これもアドラー心理学の用語なのですが、

 

さまざまな口実を設けて人生のタスクを回避しようとする事態のことを人生の嘘と呼びました。

 

・今自分が置かれている状況やその責任を誰かのせい、環境のせいにする

 

ことで、自分の人生のタスクから逃げている状態です。

 

 

何故、そう言い切れるのでしょうか?

 

 

それは、私たち誰もが目的論の立場に立って、自らの人生や自分のライフスタイルを自分の手で選べるからです。

その力が私たちにはあるからです。

 

原因論的なトラウマに翻弄されるほど弱い存在ではない。

 

人間は、脆弱な存在ではない

 

というのが、アドラー心理学の立ち位置です。

 

アドラー心理学ではトラウマを否定していますが、

これはトラウマそのものを否定しているのではなく、

 

トラウマがあるから前に進めない、出来ない

 

という因果関係を否定しています。

 

 

例えば、幼少時にいじめに合った、同じ境遇のAさんとBさんでも、大人になってもまったく同じ状況にはならないはずですから。

 

いじめにあった人全てが引きこもっているわけではないし、

過去いじめられても、今輝いている人はたくさんいます。

(最近、発売されて重版がかかっている「こども六法」を執筆した山崎さんもそうですよね)

 

一人っ子で親に過保護に育てられ、家や家族に縛られている人もいれば、

同じ一人っ子で過保護に育てられても、親もとを離れ自由に暮らしている人もいます。

 

子供の頃兄弟仲が悪くて、いつまでも怒りを握りしめている人もいれば、

子供の頃は兄弟仲は悪かったけど、今は和解して連絡を取り合っているという人もいます。

 

 昔〇〇だったから今こうなんだ…という原因論は、否定されます。

 

これらを、アドラー心理学では「タスク(交友関係)を避けている人生の嘘」と言います。

 

 

幸せに生きるためには、人生の嘘をやめなければいけない

 

あの人のせいでこうなった…

〇〇があったから…

私は○○だから…

 

そのような人生の嘘で立ち止まっていることを辞めなければ、自分の人生を謳歌することは出来ません。

 

アドラー心理学では、フロイトの唱えた原因論を否定しています。

(フロイト本人を否定しているのではありません)

 

原因があり、結果がある という考えを否定しています。

そして、目的論を唱えています

 

目的論については、次回詳しく書いていきます。

 

この目的論が理解出来ると、くじかれていた勇気が戻ったり、

自分の人生、自分で選べる」というのが分かってきます。

 

過去にあったことが原因で、今がこうだ、という原因論にとどまっている限り、

私は変わることが出来ないという停滞と絶望に陥ります。

 

環境、才能、性格…生まれ持ったもの、何も知らない子供の頃に起きたことが原因で、今の状況があるなら、どうにもできませんよね…。

 

過去を変えない限り、今を変えることが出来ないということになりますから。

 

でも上に書いたように、同じ境遇を辿った人でも、違う道を歩んでいるのは事実です。

と言うことは、いつでも自分の意志で違う選択を出来るということです。

 

私たちがロボットだったら、原因論が成立していたと思います。

このように造られたから、今こういうことをしている…。

 

でも私たちは「自分の意識で行動を選べる」人間です。

ただ、自分で選んでいいということを知らずに、流されているだけです。

 

それを後押しする理論、目的論を、次回は説明したいと思います(^^)/

 

 

最後に

 

今回は「人生のタスク」について説明しましたが、いかがでしたでしょうか。

内容が内容だけに、厳しい書き方になったと思います(^^;

 

でも、私たちは環境や周りに関係なく、自分で選ぶことが出来る

 

って、ものすごく素敵ですよね!

 

今この瞬間の気分も、自分の態度も選べるということです。

周囲に流されて反応し続ける=惰性をやめて、自分で選んで楽しい日々を過ごすのに、アドラー心理学はとても友好的な理論だと感じます。

 

 

最後までお読みくださり、ありがとうございました!

 

 

今回、一部引用した書籍及びおススメの書籍をご紹介いたします。

書籍で読むととても分かりやすくアドラー心理学を学べます♪

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

アドラーをじっくり読む (中公新書ラクレ)