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可哀想な人を助けたい【メサイア・コンプレックス】

 

こんにちは、ゆうきしほです!

 

※今回の記事はかなり大切なことを書きますが、毒が強めです(笑)

 

今日は、劣等感(コンプレックス)の一つである「メサイア・コンプレックス(救世主コンプレックス)」について詳しく書きたいと思います。

 

このコンプレックスは、

自覚することで自分でうまくコントロール出来て、

活かすことで本当に人のために奉仕をすることが出来るようになると思います。

 

知らぬ間に、

無自覚なメサイア・コンプレックスの人に依存してしまっている場合にも、

こういうコンプレックスがあると知ることで、自立の助けになります。

 

私も最近知った言葉なので、

いわゆる「過干渉、おせっかい」に困っている人は是非読んでみて下さい。

 

※特定の誰かのことを書いているのではありませんのでご了承ください。

 

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メサイアコンプレックス(メシアコンプレックス/キリストコンプレックス)

という概念は、アドラー心理学だけに限らず様々なところで使われているようですね。

 

私は「幸せになる本」でこのコンプレックスを知ったのですが、

 

前作の嫌われる勇気よりも青年がさらにヒートアップしているのも面白いですw

 

人助けをしたい

沢山の人を助けたい、救いたい

 

という思いはおそらく全ての人にある思いだと思うし

一見すると世のため人のためを思った素晴らしい願望です。

 

じゃあ何で、その思いが「コンプレックス」と言われるようになったのか?

 具体的にどんな行動をとるのがメサイア・コンプレックスなのか。

 

 

感謝を求めて救世主になりたがる

メサイア・コンプレックスの一番の特徴はこれです。

 

感謝されたい

認められたい 

 

はい、承認欲求です。

 

人から感謝されることで、

自分を価値のある人間だと思い込むのが特徴です。

 

他者からの承認に飢えており、

承認をもらうことでうまくいっていない現実生活から

目を逸らそうとする狙いがあります(無意識です)

 

なので、

先回りして誰にでも出来ることをやって「あげたり」、

親切にするけれど、

 

お礼を言われなかったり、相手が嫌な顔をすると一変して攻撃的になります。

 

そこに、

真の「相手のため」は存在していません。

 

だってそうでしょう。

その親切が相手にとってはありがたくなかったから、

相手は嫌な顔をしてるんです。

つまりそれは相手にとっては「迷惑行為」に他なりません。

 

それに対して「あなたにとっては迷惑だったのね、ごめんね」ということもなく、

自分のやったことが絶対善いことだと信じ込み、

 

お礼も言わないなんてマナーもない!

信じられない!

 

と不満を爆発させることに、

「人のため」という思いが微塵もあるのでしょうか?

 

他のサイトにもたくさん書かれていることですが、

このコンプレックスの強い人には

「自分の行為は本当に相手の助けになったのか?」

という確認行為が抜け落ちています。

完全に自己満足です。

 

本来、自己満足はとても大事な要素です。

例え感謝されなくても自分がやりたいからやったのだ。

迷惑に思われても、自分が助けようと思ったから後悔はない

 

という自己満足であるなら、それはメサイアコンプレックスではありません。

 

承認欲求と自己満足についてはこちらを読んでみて下さい♪

www.kokoronikiku.com

 

しかし、

 

私はあなたを助けたくてやってあげたのよ。

あなたのためを思ってアドバイスしたのに何でやらないの!?

あなたのためにやってあげたのに!

 

という一方的な自己満足は、相手に迷惑しかかけない質の悪い自己満足です。

(この違いが伝わると嬉しいですw)

 

同じ自己満足でも、

相手に押し付けるような自己満足は相手を威圧しますし、

支配にも繋がりますので害以外の何物でもありません。

 

メサイア・コンプレックスは共依存を生む

 

このコンプレックスを持っている人の、一番の恐れは「相手の自立」です。

アドバイスや親切をしているようで、相手の自立する力を奪います。

 

じゃないと、頼ってもらえなくなるからです。

感謝の言葉補給所としてそばに置いておくためには、全力で自立を妨げます。

 

例えば、劣等感が強いメサイアコンプレックスの親が子供を育てる場合…

 

・あんたって本当に何も出来ないのね。お母さんがやってあげるから貸しなさい

・馬鹿じゃないの?

・あんたが全然掃除しないから、私が代わりに掃除してあげたから(と言って子供のプライバシーを平気でのぞく)

 

こういうような言葉がけと過保護な行動が目立ちます。

 

(私は子育てに詳しいわけでもないし、専門家でもないので詳しいことは書きませんが、自分が言われてきた言葉で、これはメサイア・コンプレックスかもしれないと感じたことを書いています。)

 

そして子供は、

自分に対する自信をどんどんなくしていき、

文字通り何も決められない、

言われないと何もできない大人に育ちます。

 

親は、そんな出来の悪い子供を頑張って育てている健気な親…

もしくは「育て方を間違えた」と悲観し悲劇のヒロインを演じるか、

どちらかの仮面を外側に見せます。

 

いずれにしろ、子供を利用して「自分を良く見せようとするか同情を誘うか」、

つまりは世間の自分に対する見方を必死になって操作します。

 

 

親子関係の例えを書きましたが、

これはカウンセラーとクライアントの関係でもあり得ることです。

 

クライアントの自立を援助するのがカウンセラーの役目ですが、

このコンプレックスを持っているカウンセラーは、クライアントに自立されるのを恐れます。

 

(稼ぎが減るから…という理由もあるけどw)

 

クライアントのためになると嘘をついて人生に過干渉し、

あれこれ指示し、自分に依存させていくのが特徴です。

 

 

基本上から目線

メサイア・コンプレックスを自覚なしで重度化させている人は、

例え敬語で丁寧な言葉を使っていても上から目線で言います。

 

逆に対等な姿勢で向き合うカウンセラーは、

言葉がタメ口でも敬語でも不快な印象を受けません。

 

・相手の話をよく聞き、核心をはっきり言って、必要ないことは言わない

・具体的で、直接解決に結びつくような、かつ相手が取り組みやすいアドバイスを伝えられる

・アドバイスに固執しない。無いなら相手の話を聞くことに徹することが出来る

・相手(クライアント)の意志を尊重できる。

・必要なら厳しい言葉も言える

 

基本的におせっかいなアドバイスは無いですね。

 

これらをまとめると…

 

口が軽い、おしゃべりなおせっかい人間は要注意ということになります。

 

 

あなたのため、は自分のため

 

「可哀想な人を助けたい」という信念もメサイアコンプレックスの現れと言われます。

 

目の前の人を「可哀想な人」にして一度自分より下げ、

「見下ろす」形で助けようとします。

 

私の実体験を例えにします。

実際に言われた言葉です。

 

・あなたはそれをやりたいと思っているようだけど、宇宙は「〇〇をやると良い」と言っているから〇〇のほうをやって

・お金を頂かずに奉仕するのがいい。私がモニターとして無料で受けてあげるから、お互い何かを学びましょうね

・真のヒーリングは神仏と繋がらないと出来ないから、毎日神さまに向かってお祈りして、絆を深めて下さいね。(指示、命令)

・あなたならきっと立派なヒーラーになれると思って、一日でも早く一人前になってほしくてあなたのために親身になってアドバイスしてあげた

 

まさに、メサイア・コンプレックスの良い例です。

 妙に指示的なのも特徴です。

このやり取りをした時、私はこの人から離れようと決めました。

 

「あなたのために私が実験台になってあげる…」といい、

タダでセッションを受けようとしたり、

(無料で受けるのが悪いという意味ではない)

 

「宇宙と繋がっている」という理由でこちらのやることを指示してきたり、

命令のような感じになってきたりして

当時はものすごく違和感を感じましたが、

巧妙なメサイア・コンプレックスでした。

 

しかも自覚がなく信じ切っているため「本当に宇宙の声なのか?」という確認も振り返りもしないため、これに気付くこともありません…。

 (今思うと重度だったのかもしれませんね…)

 

※神さまや宇宙の声が聞こえる人を批判しているわけではありません。

声が聞こえるのが本当か嘘か、と言う話ではなく、

他者に「上の言葉だから言う通りにしなさい」と押し付けるのが厄介なんです。

 

あなたのため、は自分のため

 

感謝されたいから親切をする

ありがとうを言われたいから助ける

 

親切や、援助の見返りとして感謝を求めたり、

アドバイスと称して自分の言うことを聞かせようとする、

 

それによって、自分自身の価値を確認し、

それによってしか自分の存在価値を認められない

 

自己価値の低さ

辛い現実からの逃避

承認への飢餓

 

メサイア・コンプレックスの人は、

自分自身の存在価値を証明するために人助けをします。

 

そこに、本当の「相手のため」はありません。

 

 

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自覚があるなら大丈夫

 

もし、自分自身で「メサイア・コンプレックスがあるかも…」と思っている場合。

 

例えそうであったとしても、

自覚があることで自分を抑えることが出来ますので大丈夫です。

 

ちなみに、純粋に「この人大好き!やってあげたい」という思いはこのコンプレックスではありません。

 

むしろ、私含めほとんどの人が「やりすぎ、おせっかい」をしているはずです。

加減が分からず「やらない善」に逃げてしまうことだってあります。

 

そこは、本当に失敗の繰り返しでしか分からない加減だと思うんです。

 

でも自覚があるからこそ、自分の行いを振り返ることで糧に出来ます。

また、その勇気がある時点で、全く問題ないです。

必ず何かを掴めます。

 

 

このコンプレックスかどうかを見分けるには

 

メサイア・コンプレックスを拗らせている人かどうかは、その人や生活を見れば分かります。(重度だと多分、口調や言葉で分かります)

 

・本人が幸せそうじゃない(楽しそうじゃない)

・私が悩める人を助ける、と上から目線

・沢山の人を幸せにしたい、と言いながら家族や身近な人を大切にしていない

・現実がうまくいっておらず、自分が大変なのに人のことばかり見ている

 

最後の項目は、日常にある感情の波のことではなく、

 

好きなこと、やりたいことを我慢している

自分を生きていない

 

という感じでしょうか?

 

ストレスは誰にでもありますし、

どんなに自由に生きていても嫌なことは起こります。

誰にでも感情の波はあります。

それを自分自身で整えられない人が、他人を救うことで自分を救おうと躍起になるのがメサイア・コンプレックスです。

 

 

◆もし、目の前のカウンセラーがメサイア・コンプレックスだったら…

 

逃げましょう!(笑)

 

きっと、関わることであなたの中で気付きや学びもあると思います。

ですが、少なくともあなたにとっては健全な関係にはなりません。

 

 

共依存はメサイア・コンプレックス

 

よくモラハラの加害者と被害者は共依存だ、と言われますが、

共依存=メサイア・コンプレックスです。

 

手段が暴力・暴言の分モラハラは深刻です。

精神的なダメージはもちろん、否定的な言葉で相手の自立の力を奪い、パワーも自信も奪っていきます。

 

 

最後に

 

今回は、メサイア・コンプレックスについて書きましたが、いかがでしたでしょうか。

 

本人は「救済、親切」でやっているので、

一見するとそれを拒否る相手が悪者に見えてしまいます(本人にも周りにも)

 

しかも、このコンプレックスは自覚するのに勇気がいります。

私もそうでしたので分かります。

 

何故なら、自分の現実がうまくいっていないことを認めることにも繋がるからです。

「自分が傷ついている」ということも認めることになるからです。

 

やりすぎだったかな

余計なことだったかな

聞いた方が良かったな

 

そう反省した時も何度もありました。

 

当時は現実がうまくいっていない・自分が救われたいから人を救おうとしていたことにも気が付き、私は自分の現実を受け入れました。

相当凹みましたねここは…。

 

 

自分の中に歪みが出来始めた時、意識が外に向き始めます。

外に向いているから歪みが生じます。

 

私の場合、

自分の現実がうまくいっていない

衣食住(またはお金)の不安がある

自分の存在価値が見出せない

という時に、何故かヒーリング系のセッションをやりたくなりました(笑)

 

そういうこともありスピから離れていたのですが、

最近になって何故かスピ繋がりの講座に参加することになったり、

イベントのお声がけを頂いたりしたので、参加することになったというw

 

(私が尊敬している大好きな方が、講師を務めていたので応募しちゃいましたw)

 

 

 

ということで、私の体験などもふまえて説明させて頂きました。

 

次回は、

このメサイア・コンプレックスの克服の仕方と、

本当の奉仕について書きたいと思います。

 

最後までお読みくださりありがとうございました(*^^)v