自分の心に聞くブログ

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【社会との調和】アドラー心理学

 

おはようございます、ゆうきしほです!

 

今回はアドラー心理学の中で、

人の行動面での目標と言われている、

社会と調和して暮らせること

について書いていきたいと思います。

 

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アドラー心理学では明確な目標がある

 

幸せに生きるための心理学 であるアドラー心理学には、

行動面と心理面の二つで明確な目標を掲げています。

◇行動面での目標

1、自立すること

2、社会と調和して暮らせること

 

◇その行動を支えるための心理面での目標

1、わたしには能力がある、という意識

2、人々はわたしの仲間である、という意識

 

という4つの目標があります。

 

これらは、カウンセリングだけではなく、

ほぼ全ての状況において大切なのだそうです。

 

子供にはもちろん、

漠然とした不安や生きづらさを感じているわたしたち大人にとっても

必要です。

 

この目標に到達できておらず、

社会生活に苦しんでいる大人は、最近特に増えていると感じます。

(引きこもりや、ニートと言われる人たちや、ADHDなどの病名をつけられた人など)

 

引きこもりの経験がある私個人の意見として、引きこもりは全然良いと思いますよ。

学校に行きたくないなら行かなくていいし、

本人が気が済むまで引きこもり続けても何も問題は起こらないと思ってますw

むしろ、周りが変に圧力を掛けたり介入するから、

本人もそんな自分を責めるんじゃないかなと。

 

 

社会と調和して暮らせること

 

この目標を掲げているということは、

 

幸せに生きるためには、社会と密接にかかわっていく必要がある

 

という意味があるような気がします。

 

幸せな人生を謳歌するのに、社会や人との関わりは欠かせません。

私も実感しています。

 

人との出会いで変わっていくし、

人との関わりで、喜びを感じます。

 

ご縁、とも言いますね(*^^)v

 

社会と調和して暮らすという意味には、この、

人とのご縁というのがものすごく含まれているなぁと、感じました。

 

 

良縁を掴むのは自分から

 

私が、引きこもりをやめることが出来たのは、

尊敬できる方々と出会えたことが一番のきっかけなのですが…

(私の師匠のことは、ブログで知りました♪)

 

この人に会おう、と決めて会いに行ったのは私自身です。

自分から会いに行こう!と決断して、行動しました。

 

家の中にずっといても、本当の意味でのご縁というのは来ない…

このままがずっと続いて、ずっとこのまま…

それが嫌で、会いに行ったのが一番最初のきっかけでした。

 

ただ黙って家にいて、良い縁が来たことは一度もありませんでしたね…。

(部屋に来たのは親くらいww)

 

 

行動すれば、ご縁がやってくる

 

行動面の目標を支える心理面の目標として挙げられている、

 

「わたしには能力がある」という意識と、

「人々はわたしの仲間である」という意識は

 

人と関わらないと実感することが出来ないものです。

 

ずっと一人で引きこもっていて、

純粋に「自分には能力がある」と思うのはほぼ無理です。

 

 

ましてや、「人々はわたしの仲間である」という意識を持つのはもっと無理です。

一人でいてワークを必死にやっても、実感することは無理でした…(体験済w)

自分から心を開いて接することで、

ちょっとずつ感じられるようになってくるものなんですよね。

 

(個人的には、人々全員を仲間とまで思えなくても、「世界は優しい」と思えるのでも充分だとは思いますね(*^^)v)

 

 

上の項目と被るところがありますが、

ご縁を求めるなら自分から会いに行くと得られます。

(自分と合う合わないは、実際に会ってからじゃないと分からないし^^)

 

 

結局、必要なのは勇気

 

アドラー心理学は、実践型の個人心理学と言われています。

と言うことは、文章で読んでそれで終わり…

ではないということです。

 

上でも書きましたが、

社会と調和して暮らすには自分から外に出る必要があります。

 

人はおそらく、

他者と分かち合ったり、

他者との関わりの中で喜びや幸せを感じられる生き物なのかもしれません。

 

他者と分かち合ったり関わるには、

自分から分かち合おうとする勇気が必要です。

 

 

そしてこれは、自立にも繋がるような気がします。

 

大人になったら、

子供の頃のように親から愛情を貰わないと生きていけない、

親から見放されたら生きていけない…

という状況はなくなります。

 

でも、私たちは与えられることに慣れてしまって、

与えることが怖くなっているのかもしれません。

 

与えたら自分のが無くなる

憎いあいつから搾り取れるだけ搾り取ってやれ

そのためには、子供でいる方が都合がいい。

 

そんな思いが、どこかにあるのかもしれません。

 

 

そこを乗り越えて、自分と他者を赦し、

自分が先に与えることが出来るか?

 

その勇気を取り戻すことが出来るか。

それが、自立へと繋がるんですね。

 

 

最後に

 

今回は、自立のことよりも先に「社会と調和して暮らす」ということを書いてみました。

 

社会と調和する、ということは

人と調和する、ということでもあります。

 

でも、人と関わる以上嫌な思いをしたり、

怒りが湧くことも普通にあります。

 

そこを我慢して抑えて調和を重んじる、という意味ではありません。

 

他人の課題に不用意に介入せず、

目の前にいる人を大切にする…

 

でも、他人の期待に応える必要は無いし、

自分の期待に応えさせようとしなくていい。

 

この一見すると矛盾したような要素ですが、

本当の意味で自立出来たときに

理解できる領域なのかなと思います。

 

 

 

最後までお読みくださり、ありがとうございましたm(__)m