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本当の奉仕と幸せ【メサイア・コンプレックス】

こんにちは、ゆうきしほです。

 

以前メサイアコンプレックスの記事を書いた時、

続きを書こうと思ってそのままになっていたので書きたいと思います!

 

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https://www.pakutaso.com/

 

メサイアコンプレックスについてはこちらをご覧ください。

www.kokoronikiku.com

 

 

概要など過去記事で書きましたので、今回は

 

じゃあ、どういうのが本当の奉仕なのか?

 

について書きたいと思います♪

 

 

他人のため、は自分のため

過去記事にも書いてますが、

あなたのため、は辿っていくと自分のためであることに気付くはずです。

 

あなたが幸せになってくれたら嬉しいというのも、

あなたが幸せになってくれたら、私が嬉しいから幸せになってほしい

んですね(*^^)v

 

ちなみに、私はそれを否定しているのではなく

そうなんだ、というのを理解していると、

相手の反応が自分の価値に関係無くなって生きやすくなります

 

 

せっかくやってあげたのに!!

全然感謝もしない!!

せっかく言ってあげたのに!!

全然言う通りにしない!!

 

と怒ることもなくなります。

 

私もよくやっていましたし、ちゃんとしたアドバイスをして、

その人が変わってくれないと、自分は無能だと責めてました。

 

人を助けることで自分の価値を見出そうとしていたので、

 

感謝をされなかったり、

肯定的な感想を貰えないと、

自分のやっていることにも、

自分自身にも自信が持てませんでした。

 

本当の奉仕とは、自分を満たした先にある

自分を満たすために人を助けようとすると、

必ず何かしらを求めてしまいます。

 

自分の中のコップが空だと相手のコップに水を注げられないように、

無意識に水を貰うことを対価として求めてしまいます

 

自己犠牲の奉仕は、

本当の意味での「奉仕」にはなりません…。

 

 

グラスタワーのてっぺんからワインを注ぎ、

溢れると次々下のグラスを満たしていくように。

自分のコップが満たされて溢れると、

自然と誰かのコップにそれが注がれていきます。

 

自分が幸せでいることが、相手のためにもなる

 

特別何かをしなくても、

とても機嫌よく楽しそうにしているだけで、

相手のためになります。

 

不機嫌オーラでいられたら、

こちらまで「どうしたんだろう?私何か悪いことしたかな?」と

不安になってしまいます。

いくらこういう知識を身に付けていても、

近くに不機嫌な人がいると気が散ります。

(エネルギーの交流が起こるので)

 

何もしなくても、

好きなことをして

やりたいことをやって

行きたいところに行き

美味しいものを食べて

 

自分が満たされていれば、それだけで相手のためになるんです(*^^)v

 

これに気付いた時、

私はやりすぎ・手を出しすぎていたことに気付きました。

 

承認欲求は、課題への介入や干渉も引き起こします。

www.kokoronikiku.com

 

人は皆、自立出来る

 

メサイアコンプレックスを拗らせると、

相手が自立していくのを恐れるようになります。

自分の元を離れていくのが怖いからです。

 

なので、メサイアコンプレックスを重度化させている場合、

本人がまず精神的に自立する必要があります。

 

他人の承認に囚われているうちは、自立しているとは言えません。

 

そして、精神的に自立するためには、

自分で自分を認める他に、方法は無いです。

 

 

承認が欲しいということは、

他人の承認を得ることで

 

私は人の役に立っているんだ

 

と自分自身で実感したいから、求めます。

 

つまり、

自分自身が私は人の役に立てている、私には価値がある

と実感することが出来れば、承認欲求は必要なくなります。

 

ここは、過去記事の承認欲求にも書いているので省略しますが…

www.kokoronikiku.com

 

自分自身で、今の自分には価値があると決めれば良いんです♪

 

自信がなくても良いし

人に自信もちなよと言われようが、

自信がない自分を「自信がなくても大丈夫、それでも私には価値がある」と

信じてみて下さい。

 

 

自分を整えるだけで、それが一番相手のためになります。

 

 

何よりの奉仕は、自然体でいること

 

自分を満たしていれば、

相手の反応で自分をジャッジしなくて済みます。

 

素の自分でいることで、

相手も安心します。

 

自分を満たしていれば、

相手に求めない本当の「真心」を

差し出すことが出来ます。

 

 

救うのはまず自分から。

 

自分を救っているつもりが、実は人のためにもなっていた、という

素敵な循環になると、お互いにとって大きな癒しになります。

 

 

今回は、過去記事の続きとして書いてみましたがいかがでしたでしょうか。

 

相手に求めている時は「やり過ぎている」サインなので、

そこで軌道修正もできますw

 

私はそのサインを判断にしていますね。

 

そういう時は一歩でも二歩でも引いてみると、

自分の軌道修正も出来るし距離感もつかめるし、

良いなぁと思ってますw

 

 

 

 

では、最後までお読みくださりありがとうございました(^^)♪